[第11回]絵本学会大会
[日程]2008年6月21日・22日
[テーマ]絵本―“こころ”を伝える―
[会場]藤女子大学札幌北16条キャンパス(札幌市北区北16条西2丁目)
[基調講演]「児童文学に絵をそえること」黒井 健
「絵本の心理学─“いないいないばあ”から“かいじゅう”まで─」佐々木 宏子
大会報告
2008年6月21日(土)・22日(日)の2日間にわたって第11回絵本学会大会が、札幌の藤女子大学で開催されました。まだ当分北海道開催は先のことだろうと思っていましたが、数年前から理事の方に促され、大学関係者が市内に四人もいるということで、ともかくお引き受けすることになりました。事務局を藤女子大学の二名(杉浦と柴村)、北海道文教大学短期大学部の二名(清水と昨年退職した梶浦)の四名で構成し、道内の絵本学会会員に呼びかけ、第一回実行委員会を07年12月10日に開きました。道内17人の会員の内、14人の方が実行委員になってくれました。今、ふり返ってみても、この実行委員の方たちが実に良く動いてくださって、学会を開催しなければ同じ道内といってもほとんど顔を合わせることもなく過ごしていたと思います。改めて学会開催を通して出会いの有り難さを感じています。
最初に実行委員会で決めたのが、大会テーマでした。「絵本─“こころ”を伝える─」としたのは、最近の格差社会や勝ち組、負け組の固定化、非正規雇用の実態など、社会不安の増大の中で子ども達も動揺しています。そうした子ども達に、私たちはせめて絵本を通して、温かい心や、人を信じることの大切さを伝えたいと思いました。絵本の作り手が絵本にこめた“こころ”、絵本を読む読み手の“こころ”、そして、それを受けとる子どものうれしい“こころ”を絵本は伝えてくれるのではないでしょうか。
開催にあたって後援を藤女子大学、北海道教育委員会、札幌市教育委員会、北海道新聞社から頂きました。北海道新聞では、開催前の6月6日夕刊にて佐々木宏子会長の「読んであげて『赤ちゃん絵本』」の文と共に学会開催の案内が載りました。その他、NHKのローカルニュースのお知らせや、チラシ1万枚、ポスター100枚を実行委員が手分けして配布しました。これらの努力の成果か、当初心配していた参加者が会員76名、一般198名、学生96名、合計370名という盛会の内に終えることができてほっとしているところです。特に藤女子大の学生たちに生の学会を初めて身近に経験してもらえたことが大きかったと思います。
今回の講演は、遠距離の北海道では金銭的にもなかなかお呼びできないお二人の先生に、絵本学会の会長と理事と言うことで、無理にお願いして講演していただきました。快く引き受けてくださった黒井健理事、佐々木宏子会長にまず御礼申し上げます。(なお、これ以後、講演者のお二方やラウンドテーブルの話題提供をしてくださった方々も、皆さん絵本を愛する仲間として「さん」付けで呼ばせていただきます)
黒井健さんの講演は「児童文学に絵をそえること」と題して、新美南吉や宮沢賢治の作品の絵本化について、「作家にとっては余計なお世話と言われそうです」とユーモアをまじえながらも、児童文学の二人の巨人・新美南吉と宮沢賢治と向かいあった真剣勝負の一端を垣間見た思いがしました。特に初めて「ごんぎつね」と向かいあったときのおそろしさとどうアプローチをしていいか分らない迷いを抱えて、南吉の故郷を3日間さまよったことなどを聞きながら、実際のスケッチとそこから全く違った仕上がりになった絵を見せてくれました。スケッチと仕上がりの間に横たわる段差こそ、黒井健さんが何度も何度も作品を読み、作品を自らのイメージに消化した証のように思えました。
宮沢賢治との出会いは「銀河鉄道の夜」だったそうです。やはり画家にとって賢治作品のインパクトは大きく、「猫の事務所」に取りかかった後も、随分書きあぐねた話をしてくださいました。猫の擬人化がうまく行かず、迷っているときにふと電車の中の人が猫に見え出したということです。猫の擬人化ならぬ人の猫化を思いつき、ようやく筆が進んだ話……。「猫の事務所」のあの猫たちの迫力の秘密が初めてわかりました。
最後に黒井健さんは「私は絵本作家ではなく、絵本画家です」とはっきりおっしゃって、
優れた文学者の作品にイマジネーションを刺激される喜びと苦悩を私たちの前に語って下さいました。
佐々木宏子さんは「絵本の心理学─“いないいないばあ”から“かいじゅう”まで─」という題での講演でした。最近は赤ちゃんと絵本の関係に特に興味を持っていられると言うことで、実際の赤ちゃんの映像を交えて0歳児の赤ちゃんの持つ能力の高さを目の当たりに見せてくれました。特に「ジャーゴン」といわれる言葉の音節に近い不思議な音声を
にぎやかに発する子どもの姿に、みんなすっかり魅せられていたようです。また、長新太の「地平線の見えるところ」を赤ちゃんが大好きで、両親が仰天するくらい赤ちゃんが笑い転げる話など、長新太の絵本は生理的な参加が必要だと言われているまさにそのことを赤ちゃんが何なくやりとげている映像でした。従来、赤ちゃん絵本は図鑑的なものづくしの絵本から始まると考えられていた常識を覆して、一語文の獲得の前に「もこもこもこ」や「じゃあじゃあ びりびり」など擬声語や擬態語に強く反応することなど、具体的な事例と理論的な解説によってわかりやすく伝えてくれました。来年の3月にドイツで赤ちゃん絵本の国際的な会議が開かれるそうで、今、赤ちゃんと赤ちゃん絵本の関係がダイナミックに解明される予感を感じ、その場に居合わせたいようなスリリングな講演でした。
講演終了後絵本学会総会が開かれ、18:00からの交流会は例年なら大学の食堂で行われるところですが、せっかく札幌にいらしていただいたので、ぜひ札幌の名所の一つであるサッポロビール園を会場にしてビールとジンギスカンの食べ放題という交流会になりました。68名の参加者の多くの方には十分堪能していただけたかと思うのですが、お肉を食べられない方に魚介類を用意しましたが、この点は本当に申し訳なかったと思います。
交流会では、余興として実行委員の藤田春義さんが積み木ショーを見せてくれて、盛大な拍手を受けました。また、交流会担当の梶浦真由美さんのアイデアで福引きが行われ、北海道の名産品や、剣淵絵本の里からの絵本の賞品など、大変盛り上がりを見せた企画でした。宴終了後、肌寒い札幌の夜を感じつつ、明日に備えての解散となりました。
大会2日目は、9:00から12:30まで2室に別れて計14本の研究発表が行われました。昨年亡くなられた長新太の研究発表が2本タイムリーに行われた他、戦後の翻訳絵本の考察が2本、「チャイルドブック」の成立過程など、発表の幅が広がったことと、会長の閉会の挨拶にもありましたが、発表内容の質的な充実が感じられた発表だったと思います。昼食をはさんで13:30から1時間、作品発表とショートプログラムを2室で行いました。
作品発表は今年は4本と例年に比べ少ない本数でしたが、それぞれパワーポイントや、実物投影機を使っての発表で、十分に作品を鑑賞することができました。司会は今井良朗さんと正木賢一さんが引き受けてくださり、適切な助言を交えながら司会進行をしてくださいました。また、作品展示は今年も壁面展示はできず、机に平置きする形となりました。
展示会場に、作品展示と共にけんぶち絵本の館からお借りした絵本の原画を展示しました。結果的に、作品発表の少なさをカバーしてくれたと同時に、期せずして、プロの原画と発表者の原画の同空間展示という思わぬ効果を生んだようです。
今回の絵本学会に「けんぶち絵本の里を創ろう会」が実行委員会に入ってくれて、はるばる4時間もかけて道北の地から何度も車で往復してくれたことに改めて感謝します。けんぶち絵本の里を創ろう会が絵本学会員だと知り、ちょうど今年がけんぶち絵本の里が20周年を迎えると言うことで、ぜひ北海道でこういう取り組みをしていることを学会員の皆さんに知って欲しいと考え、ショートプログラムの形で「絵本の里けんぶち─20年を語る─」と題し、剣淵の挑戦を語ってもらいました。絵本など何も知らなかった農業や牧場経営の男性陣が、地域起こしの一環としてどうやって絵本の原画を集めるに至ったかを、けんぶち絵本の里を創ろう会初代会長高橋毅さんが楽しく、笑いの中で語ってくれました。
14時30分からラウンドテーブルが3つに分かれて開かれました。ラウンドテーブル1は「北の自然と私の絵本」と題して、北海道を代表する絵本作家の手島圭三郎さん、話題提供者に書店「ろばのこ」店主の藤田春義さん、そして、藤女子大学保育科で造形美術を教えている杉浦篤子さんが司会を務めました。手島圭三郎さんから木版画に至る過程や木版画に込めた思いが語られました。「木版画はやり直しがきかない、その緊張感に耐えられないと言う若い人もいますが、私はこの緊張感が好きです」と淡々と語る手島さんの言葉に、参加者は改めて北海道の自然と向き合ってきた手島圭三郎さんの大きさを感じたのではないでしょうか。
ラウンドテーブル2は「絵本における浅き良心のゆくえ」の題で、話題提供者が石井光恵さん、岩崎真理子さん、村中李衣さんの3人で、司会を旭川市にある「こども冨貴堂」店長の福田洋子さんに頼みました。このタイトルについて、話題提供者から、「絵本は児童文学や小説に比べ、時代に添い寝しやすいメディアではないか」、「最近の傾向としてテーマが明らかで誰が読んでも同じ答しか出ないという「浅い」絵本が多くなっていはしないか」等、興味深い話が展開されました。今の日本の息苦しさ、社会全体がいらだって、どこかにスケープゴートを求めようとする不寛容な状態が、絵本にも今、「わかりやすさ」を第一とする「浅き良心」が蔓延しているように思えて、もっと時間があれば、参加者からも活発な意見が出たに違いないと感じました。
ラウンドテーブル3は「保育現場で出会う絵本」という題で、実際に札幌の保育現場にいられる阿部弘子さん、齋藤千代さんに、また昨日の講演に引き続き佐々木宏子さんに話題提供をお願いしました。司会は幼稚園教諭の経験も豊富な文教大学短期大学部の清水貴子さんです。まず、阿部弘子さんの3年間にわたる保育園での読み聞かせ絵本の詳細な記録の報告があり、続いて、齋藤千代さんから幼稚園でのお母さん方との絵本サークルによる、毎週のお母さんによる読み聞かせや絵本の整理、貸し出し、大型絵本の制作など活発な活動の様子が紹介されました。
佐々木宏子さんからは、園長をしていた鳴門教育大学附属幼稚園で長新太の「どろにんげん」に刺激され、1ヶ月以上砂場に「どろにんげん」が出現したお話と映像が楽しく紹介されました。その他幼稚園で絵本の感想を子どもに聞くビデオがあり、子どもの意見の引き出し方を巡って活発な意見交換が行われました。「絵本は読みっぱなしがいい」と長く言われてきましたが、自分の意見を表現し、子どもが感じた感覚を言語化するのを助ける、そういう機会として、保育者の質問もときにはあってもいいのではないかと考えさせられる討議の様子でした。
16時20分ラウンドテーブル終了後、閉会式が行われ、2日間の長い大会を無事終了することができました。2日間天候にも恵まれ、実行委員の他、当日スタッフとして札幌えほん研究会のみなさん、藤女子大学の学生のボランティアなど多くの人の協力のおかげと心から感謝しております。また、理事会や事務局の丸尾さんからは何度もメールを頂き、不慣れな実行委員会を助けてくださったことに改めて感謝申し上げます。