[第9回]絵本学会大会
[テーマ]描かれた子ども描く子ども
[会場]文教大学・越谷キャンパス(埼玉県越谷市南荻島3337)
[基調講演]講演「山本容子の絵本の秘密」講師:山本容子(銅版画家)
[作家にきく]「五味太郎の絵本にみる子ども論」
話し手: 五味太郎(絵本作家、デザイナー)
聞き手:石井光恵(日本女子大学助教授)
大会報告
第9回絵本学会大会は、2006年6月10日(土)、11日(日)の2日間にわたって、埼玉県越谷市にある文教大学で開催された。大会テーマは、「描かれた子ども 描く子ども」で、講演「山本容子の絵本の秘密」、作家にきく「五味太郎の絵本にみる子ども論」、ラウンドテーブル1「子どもが絵本を作ることから」、ラウンドテーブル2「作家研究 アンソニー・ブラウン」、ワークショップ「光と影で生まれる絵本」などすべてこのテーマを見据えたもので、まとまりのよい大会となった。この報告文は2日間の概要なので、講演、作家にきく、研究発表要旨、ラウンドテーブル1と2、ワークショップなどについては、それぞれの詳しいまとめをお読みいただきたい。
実行委員会としては、当日の天気が心配だったが、10日はよい天気にめぐまれ、11日もまずまずの天気であった。参加者は、絵本学会員113名、一般115名、学生32名、ワークショップ参加者(子ども含む)50名、ボランティア33名で合計330名ほどとなった(ワークショップ見学者は重複)。交通のそれほど便利といえない文教大学にしては参加者が多かったのは、たくさんの方に応援していただけたおかげと思う。
後援を文教大学、埼玉県教育委員会、越谷市教育委員会、埼玉県美術教育連盟、毎日新聞社、読売新聞社さいたま支局、埼玉新聞、日本教育新聞社からいただき、お知らせも上記の他、雑誌「MOE」と「みづえ」、朝日新聞、日本経済新聞などでのせて下さった。個人的に友人知人に声をかけてくださった方も多く、情報を流すのがかなり遅かったとはいえ、一般の方にも届いたようである。ただ、絵本学会があるということを始めて知ったという方も多く、幼稚園や図書館などにもっと情報がほしかったという感想もあった。
開会式は、全国一位の金賞を毎年受賞している文教大学吹奏楽部の祝奏に始まり、今井良朗絵本学会長が「絵本に描かれた子どもや子どもの描く絵から、時代背景や現代の心の闇がみえてくる。子どもたちの文化向上のために私たちに何ができるか、この学会で意見を交えたい」と話され、次に拝仙・マイケル文教大学長が「文教大学の健学精神である『人間愛』と絵本とは結びついているように思う。平成17年度教員採用試験合格率が全国一位の文教大生が、社会にとびたち絵本と関わっていく場を見守ってください」と挨拶された。
講演「山本容子の絵本の秘密」では、山本容子さんが前もって用意してくださった56枚のスライドをスクリーンに映し出し、銅版画や絵本について視覚的にわかりやすく説明してくださった。作家にきく「五味太郎の絵本にみる子ども論」では、日本女子大学の石井光恵さんが五味太郎さんの紹介かたがた話題をしぼり、五味さんがその後、「表現することは権利」「子どもは存在として完成形」ときいている方の心に深く響く熱弁をふるわれた。
佐々木宏子新学会長が選ばれた総会の後、交流会が大学食堂で和気あいあいと行われ、文教大学の糸井恵美さんが、五味さんの「きんぎょがにげた」を英語で読み聞かせをし、五味さんから訳本によって言葉が違うなどのお話しがあった。また糸井さんと日本児童教育専門学校の岩崎真理子さんとカスチョールの会の田中泰子さんが、「おおきなかぶ」を英語、日本語、ロシア語で1頁づつ読み、始めての試みに皆さんききほれていた。また田中さんから「ロシアにはおおきなかぶはできない。大きなという言葉に人々の期待がこめられている。うんとこしょ、どっこいしょという言葉は原書にはなく、訳者の内田梨沙子さんのすばらしい仕事」など興味深い話があった。
交流会では文教大学教育学部の元気な男子学生2人が、「おおきなかぶ」に振り付けしたお遊戯を披露し、(いつ終わるのやらとやや心配になったものの)一緒に踊った会場からは笑い声が起り、皆様けっこう楽しんでくださった。
2日めの日曜日は朝から研究発表、作品発表、ワークショップ、ラウンドテーブル1と2、それに閉会式とびっしりな時間割りで行われた。研究発表のA教室は今井良朗さん、生田美秋さんの進行で5テーマ、B教室は萩原敏行さん、広松由希子さんの進行で6テーマが発表され、午後からは松岡希久子さん、加持ゆかさんの進行で5テーマの作品発表が行われた。
展示は専用の展示空間ではない学生懇談室で申し訳なかったが、5人の作品発表者の努力が感じられ、たくさんの方が見てくださった。加賀美裕子さんの美しい糸絵の絵本や宮崎詞美さんの4つ並べた作品には新しい息吹が感じられ、内海優美さんの画面構成を工夫した絵本や田中稔美さんのていねいな絵や東山さんの和紙を生かした絵など、それぞれの個性が光っていた。文教大学の学生作品も発想が面白いと好評であり、学生たちにとってもよい勉強になったと思われる。
「研究発表は、もう少し何とかしてほしいというものが多かったが、おいおい充実していくことと思う」、「作品発表のほとんどが、きれいに描かれた絵に文字のオーソドックスな形式であったのが少々残念。来年、できることなら絵本の新しい形の提案ができたら」などの意見も寄せられたが、発表することにより見えなかったものが見えてくるので、批判を怖がらずにどんどん発表していってほしいと思う。
ただ、実行委員会として次回以降のためにあえて苦言を呈するならば、発表者たちの何人かが委員会指示の締め切り時を守らなかったこと、資料の指示枚数に大幅に足りない部数しか用意してない方がいらしたこと、作品の展示枚数など内容が途中で変わった方が多かったこと、こちらで機器準備を何にするかきいても何の返事もなかった発表者がその場で機器を使用するとおっしゃったことなど、実行委員会をあわてさせるだけでなく、発表をきいている方にもご迷惑をかけてしまう結果になったのは残念である。申し込みを一日でも遅れたら受け取らない学会も多くある。発表者として今後、留意すべきことと思われる。
ラウンドテーブル1「子どもが絵本を作ることから」は、美術家の田島征三さん、東京都図画工作研究会会長の辻政博さん、うらわ美術館の森田一さんにより行われ、映像や子どもたちが描いた絵などを見せてくださり、絵本を本質的に考え直すきっかけになったのではと思われる。ラウンドテーブル2「作家研究 アンソニー・ブラウン」は京都からわざわざいらして下さった教育学の矢野智司さん、来年度シュールレアリスム展を開く埼玉近代美術館の前山裕司さん、翻訳家の灰島かりさんと個性のある組み合わせで活発に意見がかわされた。どちらも熱心な聴衆でいっぱいの実りあるラウンドテーブルであった。
大学正門から講演などが行われる号館までの構内には学会マーク人形が設置され、場所がわかりやすいし楽しいと人気が高かった。このマーク人形は協力の(株)シーアイ化成が色とりどりのベルビアンという製品をたくさん下さり、文教大学4年生の戸張茉衣子さんが作ってくれたものである。(株)シーアイ化成と戸張さんに心より感謝したい。
文教大学は日曜日は食堂を経営してないので、昼食に困られた一般の方が多かったなど、反省点が多くあるが、なんとか無事にすませることができたのは、以下の方々のおかげである。
何かと教えていただいた前年度開催校である京都造形大学の佐藤博一さんと栗田麻子さん、チラシやポスターを用意してくださった学会事務局の笹本純さん、また、事務的能力の皆無な私を最後までサポートしてくれた文教大学実行委員会のメンバーや学生ボランティアたちである。特に絵本学会員ではないものの実行委員をつとめてくれた美術研究室の山浦さん、斉藤さん、松澤さん、また展示を引き受けてくれた清水さんの働きなくしてはこの大会はなりたたなかったと思われ、感謝にたえない。
「絵本学会を作ろう」と私が「Pee Boo」23号で呼びかけたのは、今からちょうど10年前の1996年6月のことである。呼びかけるだけでは形になりえないが、武蔵野美術大学の今井良朗さんが学会事務局を快く引き受けてくださった。安曇野ちひろ美術館の松本猛さん、画家の太田大八さんが加わって絵本学会設立準備委員会を立ち上げ、1年後に絵本学会が創設されたのである。私は役員を3期つとめたが、最後に絵本学会大会実行委員長をつとめさせていただき感慨深いものがある。今後は一会員として絵本学のために努力していきたいが、手始めに監修者として5-600頁の「絵本事典」の編集にとりかかっている。学会主体のものではないが、仕上がれば絵本学の発展のために多いに役立つことと思われる。2-3年後になると思うが、楽しみにまっていていただきたい。
最後にもう一度、第9回絵本学会に参加してくださった方、協力してくださった方にお礼もうしあげると共に、これからの学会の発展をお祈りします。