絵本学会

絵本も、紙芝居も。
野坂悦子

当日、会場に集まったスタッフや関係者の皆さんと(一列目中央が筆者、むかって左隣りが新妻さん、一番右が撹上さん、三列目左が武田さん)

前回のリレーエッセイを書いた武田美穂さんと、12月26 ~27日、南相馬へ行くことになりました!
「子どもたちへ<あしたの本>プロジェクト」(呼びかけ団体:日本国際児童図書評議会、日本出版クラブ、出版文化産業振興財団)が企画した、絵本作家による被災地訪問イベントに、憧れの武田さんとペアで行けると聞き、ふたつ返事で依頼を引き受けたのです。
私の役目は、紙芝居。ふだん、海外の絵本や物語を翻訳する仕事をしている私は、もうひとつのライフワークとして、日本で生まれた紙芝居を、国内&海外で広めています。絵本は「個」を育み、紙芝居は「共感」を育む文化。その両方を大切なものとしてとらえ、子どもと大人に届けています。
ひとつの物語を読み解いて、自分の「言葉」で伝えるという点では、翻訳も紙芝居もおんなじ。けれども、伝え方がまったく違うところに面白さがあります。
たとえば、絵本の翻訳をするとき、私は文章を「書く」ことで、目の前にいない読者に向けて、作家の世界を伝えます。いっぽうで紙芝居を手にしたときは、「演じる」ことで、目の前の観客に向けて、作家の世界を伝えます―そして「演じる」ことは、絵本を声にして読むこととも、演劇ともまた違っているのです。
私は「紙芝居文化の会」の仲間たちと、そんな紙芝居の世界を深めつつ、広める活動を十年以上つづけてきました。
今回の訪問先は、障がいをもつお子さんたちが、放課後や学校が休みの期間に通う支援施設<じゅにあサポート「かのん」>。
「かのん」とのやりとりを一手に引き受けてくれたのは、絵本学会員で臨床発達心理士の撹上久子さんです。上記のプロジェクトでは、撹上さんが中心となって、野馬追文庫( 毎月一度、現在36カ所ある仮設住宅に子どもの本を2冊ずつ届ける活動)という南相馬への支援を続け、震災後をずっと見守っています。
撹上さんによれば、とりわけ発達に遅れのある児童に困難が集約されて押し寄せ、そんな子どもたちのために、市民が立ちあがってNPO法人「きぼう」をつくったのだそうです。現在<きっずサポート「かのん」>と<じゅにあサポート「かのん」>の二つが、「きぼう」によって運営されています。
いよいよ、12 月27日の朝。幼児から中学生までの子どもたち、保護者の方々など約50名が、集まってくれました。となりの相馬市の療育施設からやってきた子どもの姿もあります。みんなのまえで、撹上さんが「えっちゃん先生とみほちゃん先生ですよ」と私たちを紹介して、イベントが始まりました。
まずは、私の出番。『ごきげんのわるいコックさん』『みんなでぽん!』(まついのりこ作 童心社)という、観客参加型の紙芝居を演じました。
「さあ、なんだろう」と呼びかければ、「ロボット!」と吸いつくように答え、私と会場の橋渡しをしてくれた男の子が、コミュニケーションの発達に遅れのあるお子さんだと、後から聞きました。予想外の積極的な反応に、スタッフの方たちも驚いたといいます。
つぎに武田さんが『ありんこぐんだん、わはははははは』『オムライス、ヘイ!』を表情豊かに読みました。うまい! そのあとが「キラキラバッチをつくろう」のワークショップです。

参加者みんなが、サランラップの上からマジックで下絵をなぞり、そこに色を塗ります。描けた絵を、こんどは大人の私たちがアルミ
ホイルでくるんだ丸い紙にかぶせて、後ろをテープで止め、リボンをつければ完成です。
「むずかしすぎたかな」と、入念に準備をしてきた武田さんは少し心配そうでしたが、始まってしまえばリボンつけに大忙し。ステンドグラスみたいなバッチを作る子、がんこちゃん(末吉暁子さん原作・脚本の『ざわざわ森のがんこちゃん』にでてくる恐竜の女の子)の絵を選ぶ子もいて、わずか40分間で、100個以上のキラキラバッチができあがりました!
地元の読み聞かせグループ「本のとも ありの会」のメンバーも、この日は特別参加。全体で1時間半のプログラムのあいまに、撹上さんが手遊びを入れて、子どもたちの緊張を解きほぐしました。そして全員キラキラバッチをつけて、大満足の記念撮影です。最後に参加者の皆さんから、寄せ書きの色紙をいただきました。

「かのん」に通っているのは、比較的軽い障がいをもつお子さんたちです。ADHD、アスペルガー症候群、情緒障害などをもつ児童に、学習支援、コミュニケーション支援を個別トレーニングで行っていて、「ここは対人関係を構築するスキルを学ぶための事業所」だと、所長の新妻直恵さんはいいます。
「絵本は欠かせません。毎日、子どもに音読してもらっていますよ。これが怒っている顔、これが嬉しい顔と、子どもたちは絵を見て、周囲の人の感情を読み取るすべを覚えます。そして、悲しいときはこう言うんだと、気持ちを表す言葉を豊かにしていくんです」保護者への働きかけも大切にしているそうで、「悩みながら子育てするお母さんたちの話を聞く、まあ、”駆け込み寺”みたいなところですよ」と、新妻さんは笑顔で話してくれました。
自分の「声」に、しっかり耳を傾けてくれる人がいる―その信頼感が、絵本を読む子どもたちを変え、お母さんたちの不安をひととき解きほぐすのでしょう。「かのん」には、とても良い空気が流れていました。
絵本を大事にしているこの施設に、私の訳した『リッキのたんじょうび』(フレーベル館)と『たいせつなてがみ』(セーラー出版)も並べてあり、「これはいい本ですね」と言われたことが、私のキラキラバッチになりました。
さらに「来年は紙芝居も取り入れたいです。子どもたちが自然にコミュニケーションをとろうとしたのに、びっくりしたので!」といってくださったことが、二個目のキラキラバッチに。

この2年間、がむしゃらにやってきたという南相馬の人たち。相当がんばっているけれど、単調な日々なので、こうして外から人が来てくれることが、子どもたちにとっても私たちにとっても、ほんとに嬉しい。新妻さんはそう話してくれました。

「かのん」の皆さん、待っててくださいね。
紙芝居と絵本を持って、かならずまた行きますよ~!

絵:武田美穂