絵本学会

歌と保育と絵本
新沢としひこ

僕は「シンガーソングライター」という肩書きで、ずっと仕事をしている。しかし世の中でシンガーソングライターといわれて思い描くイメージとは、ずいぶんかけ離れているように思う。いわゆる巷で流れているポップスなどがメインでは無いからだ。子どもたちが歌うような歌を数多く作っているので、童謡作家などと呼ぶ方が合っているのかも知れない。けれど、作詞も作曲もし、それでステージでは演奏もして歌ってもいるので、その活動自体はシンガーソングライターなのだった。その分かりにくい肩書きによって、正しく理解されなかったりすることもあるが、自分としてはあまり他に無い職業かもしれない、と意外と気に入っている。
もう一つの肩書きに「元保育者」というものがある。僕は大学を卒業してから豊島区の私立保育園に勤めていた。その後、横浜市に
ある幼児教室の先生をしていたのだった。
この二つの肩書きによって、いつからか「絵本の文章を書いてください」という依頼が来るようになったのだった。
僕は絵本作家が自分の本業とは思っていないのだが、その依頼は非常に嬉しく話がくればほとんど断ったことがなく、何でも引き受けて書かせていただいている。しかし、それは「どうぞ、自由に書いてください」というようなことはほとんど無い。
「新沢さんは保育経験がおありなので、やはり現場の子どもたちを描いたものを書いてください」「子どもたちの園での生活を描いたものを是非お願いします」「月刊絵本の四月号なので、おともだちっていいな、みたいな内容を」「月刊絵本の三月号なので、園での一年を振り返るような内容を」というような、リクエストが必ずついて回る。
依頼がいただけるだけもありがたいことなので、何でも引き受けてしまうが、そうか、なるほど、業界における僕のニーズというのは、そういうものなんだな?と、よく思い知らされる。
園での生活に、お話を限ると、非常に制約が多く、ありきたりでつまらない話になってしまいがちだ。その中で、だからこそ面白いものを作っていくという、ある意味チャレンジングな創作を楽しませていただいているのかもしれない。
生まれて初めて絵本の文章を書いたのは、岩崎書店で25年くらい前に作った「どれみふぁえんのたちつてとっこシリーズ」の5冊で、これは絵の今井弓子さんが園を舞台にしたものを是非作りたいということで、お話を書かせていただいた。園の生活といっても、かなり想像力豊かな、現実とは離れているファンタジックな作品で、今読み返すと、ずいぶん頑張ったな、という感じ。
さまざまなものとみんなが結婚をしたいと言い出して結婚式ごっこをする「けっこんしようよ」は、自分では特に気に入っている。ぬいぐるみと結婚したり、図鑑と結婚したり、男の子同士で結婚したり、ある子は結婚しない宣言をして「結婚式」ではなく「結婚しない式」をしたりする。幼児が読むものとしては、主張がつめこまれすぎだったかも知れないが、そのくらい描いてみたかったのだ。昔の作品で、今は絶版になって手に入らないと思うので、ちょっと残念。
園での生活を書いたものではないのだけれど、僕が実際に出会った子どもをモデルにした作品が童心社「しんちゃんのはなび」(絵・あべ弘士)。これは、僕が金沢に一人で仕事に行ったときに、たまたま花火大会があり、そこで出会った花火に夢中になる男の子のことをお話にした。生まれて初めて体験する花火大会に、彼は興奮して、その興奮具合にお母さんはうんざりしていた。その対比があまりに面白く、ああ、子どもってこうだよな、大人ってこうだよな、家族ってこうだよな、とよくステージで話していた。そのステージトークが好評で、「絵本にしましょう」という話になったのだった。
この作品も、とても気に入っているけれど、もう時間が経って、入手が困難になっている。
園での生活を描いたもので、代表的なものはひかりのくにの「ともだちいっぱい」「うれしいがいっぱい」(絵・大島妙子)のシリーズ。最初の「ともだちいっぱい」は月刊絵本として作られたものだが、好評で単行本化され、その後続編の「うれしいがいっぱい」も作られた。子どもにとって、ともだちとは何だろう?という話で、登場人物の子どもたちが、次々と「自分は○○とともだち」と宣言して、「ともだちのともだちはともだち」と、みんなともだちになっていくというシンプルな話。
大島さんの絵が、本当にかわいくて、説教臭さがないので、みんなに愛される作品になったと思う。
続編の「うれしいがいっぱい」ではみんながうれしいことで、自分ができることって何だろう?と登場人物たちが考えていく話。これも、大島さんの絵にとても助けられている。
講談社の「世界中のこどもたちが103」は、ちょっと変わり種の絵本で僕が作詞した「世界中のこどもたちが」(作曲・中川ひろたか)に合わせて、103人の絵本作家たちが絵を描いてくれている。世界中のこどもたちの幸せを願う、みんなの気持ちを一つの絵本にするという、ムーブメント絵本。これは、まずそのような「絵本作家たちが集まって、何か平和のための運動をやろう」という企画が先にあり、そのためにどんなテキストが、と話し合われて、「世界中のこどもたちが」を選んでいただいた。僕が歌を仕事にしている関係上、「歌の絵本」という形で、いろいろ関わらせていただいていて、それは他の人には無い、面白い経験だな、と思っている。
歌の絵本と言えば「にじ」「だれかがほしをみていた」「ともだちになるために」という歌をあべ弘士さんの絵でアスク・ミュージックから発表している。スケッチブック絵本シリーズと題して、スケッチブックのような形の絵本にしている。テキストは歌の歌詞をそのまま使っていて、お話絵本ではないのだが、画家のあべ弘士さんによって、歌詞の流れに沿いながら、まったく別のドラマを展開するという手法がとられ、非常に広がりを持ったすばらしい作品になっている。
最初に絵をもらった時は、これは難解なのではないか?と思ったのだが、それは僕の杞憂で、子どもたちは理屈ではなく、あべ弘士さんの描く世界をすんなり受け入れてくれた。これは新しい絵本の世界を開いたのではないか、と僕は考えている。このように、他の絵本作家さんたちとはちょっと違うアプローチで絵本をいろいろ作らせてもらっていて、それはやや門外漢であるからこそかも知れないと思っている。音楽を仕事にしていたからこそ、たくさんの一流の画家さんたちと出会うことが出来た。最初から絵本の文章を書くことを専門にしようと目指していたら、こうはならなかっただろう。人生というのは面白いものだな、と思う。

( シンガーソングライター・元保育者)