絵本学会

2017年度 絵本研究会[報告]


テーマ: 絵本とメルヘン ─明治学院大学図書館所蔵
    「絵本とメルヘン・コレクション」をめぐって─
日 時: 2017年12 月2日(土) 14:00 〜16:00
会 場: 明治学院大学白金キャンパス アートホール
講 師: 巖谷國士氏(仏文学者、作家、明治学院大学名誉教授)
司 会: みつじまちこ(絵本学会研究委員)
主 催: 絵本学会
後 援: 明治学院大学図書館
企 画: 本年度研究委員会(本庄美千代、松本育子、みつじまちこ)
参加者:137名(うち絵本学会員23名)


 2017年度の研究会は、仏文学者・作家の巖谷國士氏(明治学院大学名誉教授)をお招きし、自然とメルヘンを軸に、絵本の歴史的展開とその美しさ・不思議さ・おもしろさについて、広い視野からお話いただきました。明治学院大学の図書館には、ヨーロッパを中心とする約240点の貴重書のコレクション「絵本とメルヘン」があり、現在、図書館では巖谷氏の監修のもと、リストづくりが進められています。今回は、そのなかから40点あまりを選んで、画像を見せながら解説いただくとともに、講演の前後1時間ずつを、図書館に特別展示された同コレクションの鑑賞にあてる、というプログラムで構成しました。
 

明治学院大学図書館所蔵「絵本とメルヘン」コレクションより

 

 巖谷國士氏といえば、シュルレアリスム研究の第一人者として知られていますが、メルヘンの創作、『完訳ペロー童話集』やアンドレ・フランソワの絵本『わにのなみだ』などの翻訳も手がけています。そして祖父は、日本で最初の創作児童文学作品とされる「こがね丸」(1891年)の巖谷小波です。そんな巖谷氏にとって、絵本は「懐かしいもの」であるといいます。
「すぐれた絵本というものに感ずる、ある種の“懐かしさ”っていうのは、自分が子どものときにそれを読んだから懐かしいっていうんじゃなくて、もっとなにか、個人の枠を超えて、人間が失ったものへのあるせつなさのようなもの、ある種のノスタルジアを含んでいるような気がするんですね」
 その起源は、世界最古の文学作品として知られる『ギルガメシュ叙事詩』にさかのぼるといいます。これは紀元前2600 年ごろメソポタミアの粘土板に刻まれてきた楔形文字による作品で、これまでいろいろなかたちで絵本にも描かれてきました。そこには興味ぶかい森の冒険が物語られているのです。
「人間はかつて自然のなかにいて、自然のなかから生まれてきたものなんだけれども、どうしても自然をでなきゃならない運命にあったわけです。それは『聖書』にも書いてあることです。自然とは、ひとことでいえば森です。われわれは、かつては森のなかに住んでいた。それが、1万年ぐらい前に農耕が発明され、森を伐って森からでて、自然から離れてしまった。それが文明のはじまりで、都市を築いたわけだけれど、また自然に戻ろうとする、この行き来っていうのが、もしかすると、芸術というものの出発点じゃないかな、というふうに思っているんです」
 メルヘンの起源も同様だといいます。ドイツ語の「メールヒェン」は単なるお話のことであって、特に口承ではるか昔から伝わっている昔話とか説話のことを、メルヘンというのが本来です。巖谷氏が監修した展覧会「森と芸術」の図録には、メルヘンにまつわる、次のようなくだりがありました。「メルヘンには森がつきものです。(中略)とくに森を舞台にしていないものでも、メルヘンはどこかしら森の香気や雰囲気を漂わせていて、そのせいもあるのか、不思議に懐かしいものです」そこには近代的な自我はなく、子どものものでもありません。
「非常に古く、人間が自然をでてから、自然に戻ろうとする衝動があったかもしれないし、その自然っていうものを、むしろ自分の失われたものとして、自分が失ってしまったものとして、懐かしむようなことがはじまった。ぼくらが感じる懐かしさっていうのは、極言すれば、そういうところまで続いているような気がします」

巖谷國士氏

巖谷國士氏

 巖谷氏は1943年生まれ。終戦のとき2歳。その巖谷氏の絵本
の思い出といえば、当時まだ藝大の学生だった叔父の吉村二三夫氏 が、疎開先で描いてくれた『くんちゃんブック』でした。
「何よりも忘れられないのは、絵そのものよりも、絵本という物質 なんですね。粗末な紙だけど、表紙はちょっと厚紙で、ごわごわし てて、何度も何度もみてるから、もう汚れちゃうし、よだれは垂れ るし、ところどころ噛んだあとがあったりね。この本っていう物質 が、なんともいえず懐かしい。それから絵としては、そこらに生え てる木なんかの描写がすごく懐かしい。そんなわけで、子どもの頃 の絵本の思い出っていうのは、乏しいものなんです。それにもかか わらず、絵本を見て懐かしいと思うっていったいなんだろうってい うと、メルヘンは文学であり、絵本は美術だけれど、起源としては おなじで、何か人間にとって決定的に懐かしいもの、つまり、失わ れたものにつながっているもので、実はそれが子どもにとって、と ても必要なことだったと思います」
 絵本の歴史にはいくつかの道筋があるけれど、絵本の出発点とし て、民衆的な起源を考えなくてはいけないと巖谷氏はいいます。「絵 本というのはただの本ではない。オブジェだということをわからせ てくれる。森の側、自然の側のものである」
 その後、民衆版画の流れをくむエピナル版画本から、20 世紀の アーティストが手がけた絵本まで、40 点あまりの画像を見ながら、 具体的に“もうひとつの絵本の歴史”をたどりました。画像で紹介 された資料が展示された図書館では、解題付きの展示目録が配布さ れました。
 今回の研究会では、わたしたちがいま、これほどまでに絵本に惹 かれ、多くの人が絵本を求めている理由を、古代の森にまで遡って 解き明かしていただきました。その後の、図書館資料管理課長、鈴 木直子氏の発言ではそのことを裏付けるように、学生を選書のため 古書街につれていくと、見たこともないはずの古い和綴じ本を懐か しがる、というエピソードが紹介されました。

(記録: みつじまちこ)