絵本学会

[第10回]絵本学会大会

[日程]2007年6月30日~7月1日
[テーマ]絵本と表現
[会場]武蔵野美術大学鷹の台キャンパス(東京都小平市小川町1-736)
[基調講演]「絵本表現の方法論1」ドウシャン・カーライ
      「絵本表現の方法論2」長谷川集平

大会報告

第10回絵本学会大会実行委員長 今井良朗

 
 2007年6月30日(土)と7月1日(日)の2日間にわたって第10回絵本学会大会が武蔵野美術大学(東京都小平市鷹の台キャンパス)で開催されました。
 今大会は絵本学会設立から10周年にあたります。設立大会を武蔵野美術大学で開催し、10周年記念大会もこの武蔵野美術大学で開催できましたことを大変嬉しく思っております。
 記念大会ということもあり、テーマの設定や記念イベントをどうするか実行委員会発足当初から悩みました。最終的には絵本学会設立時の理念をあらためて確認すること、学会である以上、お祭りではなく大会の質的充実を図り、武蔵美らしい大会にするということで準備を進めてまいりました。
 1997年の設立大会では「絵本とは」のテーマでシンポジウムが開催されましたが、座談会「絵本学会の10年を振り返る」の中でも明らかにされたように、その後「絵本と子ども」をめぐってさまざまな意見が出されてきました。時には絵本学会の存在そのものを否定する意見もありました。絵本を通してみる子ども観は、つくる側にとっても受容する側にとっても立場が変われば見方が異なります。「子ども」は、絵本の世界で多様な使われ方をするあまり共通言語として機能してこなかったのではないか、意識のズレや認識のズレがいつもともなっているのではないか、ということがこの10年で見えてきたように思います。
 いずれにしても優れた絵本として読みつがれてきたものは、どれも「子ども」の言語や規範を基盤に成り立っています。絵本は、「子ども」との世界をつなぐ方法論によって組み立てられていることが重要であることに変わりはありません。
 この10年、異なった研究分野の交流によって、ようやく絵本が多様な研究の基盤を背景に成り立っていることが確認されたきのではないでしょうか。
 今大会では「絵本の表現」をテーマに、「絵本とは」「絵本の表現とは」をあらためて考えることのできる大会を目指しました。
 大会にあわせて武蔵野美術大学キャンパス内で3つの展覧会「ムサビと絵本-絵本の表現」「現代のしかけ絵本」「ドゥシャン・カーライ作品展」を開催しましたのもそのためです。
 大会参加者は、会員120名、一般96名、学生41名と教職員と学生による大会スタッフ40名を加えた297名でした。本来ですと大会校の学生に積極的に働きかけ、参加の機会を提供するものですが、使用した会場の収容定員を考慮してあまり周知しなかったことは申し訳なく思っています。
また1日目の30日、JR中央線の大がかりな工事が重なり多少の混乱がありましたが、公表が数カ月前で一番焦ったのは大会実行委員会でした。それでも2日間の大会を大きな問題もなく無事終えることができましたのは、理事の方々や発表者、関係者のご協力があってこそと心から感謝いたしております。
 6月30日(土)は、大会の開催に先立って絵本学会の公式プログラムではありませんが、10時40分から12時まで、「ムサビと絵本-絵本の表現」展に関連したアーティスト・トークを開催しました。長谷川集平さんを講師に展示されている自身の作品について語っていただき、12時から12時20分まで長谷川集平さんサイン会も行われました。
大会第1日目
 午後1時から開会式が行われ、佐々木宏子会長による開会宣言のあと、開催校を代表して甲田洋二武蔵野美術大学学長が挨拶、来賓としてWAVE代表和歌山静子さんが挨拶され、最後に自作『ひまわり』の朗読が行われました。
 午後1時30分からは「絵本表現の方法論」をテーマに二つの記念講演が行われました。
 最初の講演は、スロバキア在住の作家ドゥシャン・カーライさんによるもので、ご自身の作品を中心に豊富なスライドを基に表現の発想と方法について語っていただきました。カーライさんは、ブラティスラバ国際絵本ビエンナーレグランプリの受賞や国際アンデルセン賞の受賞者として、日本では絵本作家として知られています。しかし、同時に開催された「ドゥシャン・カーライ作品展」では、絵本の他30点の版画作品も展示され、多彩な活動ぶりが伝わったのではないでしょうか。
 午後3時20分からは長谷川集平さんの講演が行われました。最初に20年近く続いている「お弁当絵本」に込められている考え方が語られましたが、指導している最近の学生作品を紹介しながらの話は、説得力があり「絵本とは人間の心に一番近い芸術形態のひとつ」という言葉が印象的でした。後半は、デビュー作『はせがわくんきらいや』にまつわるご自身のこと、表現に対する考え方、当時の絵本事情や出版について語られ、最後に最近作『ホームランを打ったことのない君に』が紹介されました。これまでのほぼ30年の活動を振り返りながらの講演は大変興味深いものになりました。
 講演終了後絵本学会定期総会が行われ、午後6時過ぎから和やかな雰囲気のもと交流会が大学教職員食堂で行われました。およそ80人が参加し盛況な会となりましたが、長谷川集平さんによるギター演奏と歌が交流会一番の盛り上がりをみせたイベントになりました。
 
大会第2日目
 午前9時20分からA室とB室に分かれ、研究発表が行われました。A室は佐々木宏子さん、生田美秋さんが進行役を務め6つのテーマの発表が行われました。B室は、棚橋美代子さん、灰島かりさんが進行役を務め5つのテーマの発表が行われました。
 昼食をはさんで午後1時からは7名の作品発表が行われました。A室は笹本純さんがB室は正木賢一さんが進行役を務め、ここ何年か定着した研究発表と同教室、同じ形式による方法でそれぞれの発表が行われました。原寸大の作品は遠くからは少し見づらく、事前にデータをデジタル化するなど、発表方法は今後の課題かもしれません。
 作品展示は、教室に壁面をつくることが難しく、机に平置きする方法をとりました。見やすかったという意見があった一方で、壁面の展示を望む声もありました。空間の制約から壁面展示できなかったことをおわびいたします。作品の水準はここ数年確実に上がってきています。それぞれ見ごたえのある作品で、それだけに展示の方法で見え方も変わりますので、作品展示については申し訳なく思っております。
 午後3時からはラウンドテーブルが行われました。これまでは3つのテーマをおく事が慣例でしたが、あえて2つに絞り全体テーマ「絵本と表現」に関連づけるよう設定しました。
 R1では、申明浩さんがコーディネータを務め「絵本教育の現場から」のテーマで筑波大学笹本純さん、京都造形芸術大学佐藤博一さん、武蔵野美術大学今井がそれぞれの大学で行っている絵本制作の考え方や授業の内容が紹介されました。絵本制作に関する授業が紹介されることも珍しい事ですが、それぞれ大学ごとに方法論が異なり興味深い内容になったのではないでしょうか。
 R2では、松岡希代子さんがコーディネータを小野田若菜さんが通訳を務め「絵本制作の現場から」のテーマでドゥシャン・カーライさんを囲みました。前日の講演を前提に参加者との質疑応答、交流に多くの時間が割かれました。表現に対する考え方を直接作家から聞き出す機会はそうあるものではありませんので、貴重な時間になったと思います。具体的な内容を参加されなかった方にも報告しなければならなかったのですが、当日マイクを使用しなかったこととスライドプロジェクタのファンの音が声をかき消し、記録したものから再現することができませんでした。この場を借りておわびいたします。
 ラウンドテーブル終了後閉会式が行われ、佐々木宏子会長の閉会宣言をもって第10回記念大会が閉会しました。
  10周年の記念大会ということもあり、引き受けることにも躊躇しましたが、正直なところ準備は大変でした。大会の準備とともに展覧会の準備を同時に行ったことにもよるものですが、細かなところでは行き届かないところも多々ありましたが、無事終えたことにほっとしております。実行委員の皆さん、運営スタッフ、ボランティアの学生に心から感謝しております。
 第11回大会は札幌の藤女子大学で開催されます。大会の更なる充実と絵本学会の発展を祈念いたします。